創作について(テッド・チャンさんインタビューから)

今日はちょっと趣向を変えて、一足早い読書の秋っぽく(?)、SF作家テッド・チャンさんのインタビュー(の一部)を拙訳でご紹介したいと思います。リアルタイムでは唯一好きな作家さんで、同人サイトにこそっと情報置き場も作っているのですが、今回インタビューのこの部分が「兼業で創作をしている方・書くのが遅い方」(自分は両方当てはまります(^^;))にとても参考になる内容だと感じたので、こちらでご紹介することにしました。このサイトで言及するのは初めてだと思うので、プロフィールなど少し。(お詳しい方は飛ばしてくださいね)

 

テッド・チャン氏は中国系アメリカ人(中国語はできないとのこと)で1967年生まれ。寡作な作家さんで作品も短編ばかり。邦訳書は短編集『あなたの人生の物語』だけ(他は数作がSFマガジンやアンソロジーに掲載)ですが、作品は揃って珠玉で受賞歴も華々しいものです。SFというジャンル(そして数学や物理学)を愛し、こだわりを持って書いている方ですが、作品は「いわゆるSF」というより、広い意味での「美しさ」が魅力だと感じます。(自分は特化したSF読みではまったくありませんし、理系でもないことを付け加えておきます)

 

その作品テイストが好きなのはもちろんですが、地に足の着いた活動や、インタビューやレクチャー等から垣間見えるものの捉え方や審美眼、穏やかな物腰からは想像がつかない芯の強さ、創作の姿勢(テクニカル・ライターとして仕事を続けながら作品を書いておられて、ご本人いわく「occasional writer (日曜作家)」)などを含めてとても尊敬しています。

…じつは年齢は同じなのですが、ずーっと年上のように感じます。これは予備知識ゼロで初めて作品を読んだ時にも感じたことで、当初は「女性が男性の名前で書いているのでは?」という印象もありました。女性キャラがリアルに感じられたからです。(男性作家の作品でそう感じたことはあまりなくて、自分が読んだ中でそう思ったのは、「リアル」の方向が違いますがE. M. フォースターくらいです)

 

作家としてはSNSや公式サイトなどネットでのご活動がなく、最新情報は自分で探すしかありません。(涙)でも最近、短編集表題作の『あなたの人生の物語』が映画化され、アメリカでは今年11月に公開予定になっています。映画版のタイトルは "Arrival"。ご本人の反応は淡泊なようですが、映画はアカデミー賞狙いの時期の公開で、配給側の期待がうかがえます。前評判も良いようです。これからはチャンさんの情報も楽に手に入るようになるかもしれません。

 

前置きが長くなりました。ご紹介するのは、少し前にネット公開された長いインタビューのほんの一部です。創作に関して話されている数箇所から訳したものを、間に区切りをはさんで載せています。(このインタビューでの映画化作品に関する言及部分は、前述の情報コーナーでご紹介しています。ご興味をお持ちの方は文末のリンクからどうぞ)

 

インタビュアーは十年来のご友人でご自身もライター/エディターのミーガン・マッキャロンさん。文中の「M」はマッキャロンさん、「C」はチャンさんです。

 

 ※以下はファンが思い余って勝手に訳しているもので、記事の著作権は下記リンク先のサイト様所有です。

問題が生じましたらその時点で削除させていただきます。m(_ _)m

(I don't own the rights to this interview. All rights belong to the website below.
Just as a fan, I translated some parts of this interview into Japanese personally.)

  

インタビュー原文ページ
The Legendary Ted Chiang on Seeing His Stories Adapted and the Ever-Expanding Popularity of SF

 


 

 

M: あなたのライティング・プロセスはすごく独特で、(少なくとも外から見ると)すごくシステマティックだと思う。あなたは一年のうちある部分はフリーランスのテクニカル・ライティングに、別の部分は短編に費やしてる。あなたがリサーチを大量にするほうで、いつもストーリーのエンディングを最初に書くことは知ってる。構成や改稿のプロセスはどうしてる? あなたがテクニカル・ライティングをするときとはだいぶ違うもの?

 

C: たいていうまくいくのは、頭のなかで長いこと転がしていたアイデアがあるとき。たとえば、誰もがライフログを記録している世界というアイデアだ。そういう世界であり得る、違う物語をいくつか考える。普通僕はたくさんのスタート地点を考えつくんだけど、それがどうなるかがわからない。エンディングを思いついたときにだけ、実際に書き出すことができるんだ。頭の中でゴール地点をわかっている必要があるんだよ。ストーリー全体を詳細にわたって思い描いてるわけじゃないけど、なにが必然的に起きるかっていうおおまかな感覚がある。時には、それまで進めようがないと思ってた別のスタート地点から構成要素を借りることもある。いつもではないけどね。それからもちろん、ストーリーを実際に書き出す過程でいろんなものが変化していく。

 僕にとっては、テクニカル・ライティングはフィクション・ライティングとはかなり違う。唯一の共通点は、自分の脳の文章を作る部分を使うってことだけだ。テクニカル・ライティングが自分のフィクションに直接影響を与えてきたかどうかはわからない。でも、僕がテクニカル・ライティングに引きつけられる元になった衝動は、僕のフィクションの根底にもある。それはアイデアを明確に説明したいっていう欲求だ。すぐれた説明にはなんらかの美しさがあると思う。読んでわかりやすいだけじゃなくて、快いものにもなり得るんだ。

 

M: それに関連したことだけど、あなたはよく草稿をノースカロライナでやってるシカモアヒル・ワークショップ(リチャード・バトナー主催の同業者のワークショップ。インタビュアーのマッキャロンさんも参加している)に持ってくるわよね。ワークショップはあなたのライティング・プロセスや、もっと広い意味の執筆生活でどんな役割を果たしてる?

 

C: 僕は、ストーリーを出版用に提出する前にフィードバックをもらうのが好きなんだ。シカモアヒルでは、たくさんの洗練された読み手からのフィードバックを一度に得ることができる。そしてもちろん、一週間をほかのライターたちと話す以外なにもしないで過ごすのは最高だよ。でも、ほかの多くのライターと違って、僕はワークショップがなにかを仕上げるまでのデッドラインを与えてくれて、それが自分を奮い立たせるのに役立つとは思ってない。ワークショップに持って行くためにストーリーを仕上げるのを急かされると、締め切りに合わせるために、ストーリーのためにはよくない判断をしてしまう。そしてその失敗を修正するために、よけいに時間がかかるはめになるんだ。だから、今では時々ワークショップの誘いを断ることがある。それであまりにライティング・プロセスを急ぐことを強いられると思う時にはね。

 

*      *      *

 

M: あなたのストーリーのなかで、あなたが関心を持ってる問題を抱える、あるいはその問題のさなかにいるキャラクターを想像するとき、どんなふうに始めてる? あなたは深刻な、一見解決不可能に見える人間の問題(ヒューマン・クエスチョン)と、それに立ち向かうのにぴったりな立場に置かれた人物を組み合わせることを、驚くほど巧みにやってのけてる。

 

C: 説明できるような特定のやり方は持ってないよ。だけど君の質問を聞いて、評論家のジョン・クルートから聞いた考え方を思い出した。ある種の出来事の連なりをもったアイデアは簡単に物語にすることができる、それはストーリーとして語られるのに適しているってことで、他のものはそうではない、というんだ。彼が気候変動を物語にしにくいトピックとして挙げたとき、彼と話したことがあった。僕は同意しそうになったけど、ふと思ったんだ。誰かが実際に書くまで、物語に向くとは思えないアイデアはたくさんある。グレッグ・イーガンの "Luminous" (邦題『ルミナス』。『ひとりっ子』山岸真・訳 ハヤカワ文庫 所収)という話がある。そのなかでは、数学の無矛盾性(「真」でかつ「偽」である命題はありえないこと)が、主人公が暗殺者から逃れる重要な決め手になる。同様に、ライターとして僕が興味を引かれることの一つは、哲学的な問題を物語にする方法を見つけることだと思ってる。

 

*      *      *

 

M: あなたのどのインタビューでも、インタビュアーはどこかしらで、あなたが特に多作なわけじゃないと指摘する。それが暗に語るのは、あなたがライターとして桁外れに粘り強いってことだと私には思える。ハイスクールの頃から作品を投稿し続けて、何年も不採用の時代を戦い抜いて、そのあとは成功の衝撃と格闘した。それから、あなたが書くことを「ハード」だと表現していることも知ってる。どうやって書くことを続けているの? あなたから遅筆な人たちへのアドバイスは何?

 

C: アニー・ディラードの "The Writing Life" (邦訳書:『本を書く』柳沢由美子・訳 パピルス)にこんなくだりがある。彼女が隣人に、書くことは嫌いだ、ほかのことならなんでもやるのに、と話すんだ。するとその隣人は、「工場で毎日働いて、それを嫌ってる奴みたいだね」と言う。書くことは僕にとってとても難しくて、自分は実際のところ向いてるのかどうか、と思うことがよくある。それから、出版業界でのいくつかの経験から、何年も書くことをやめていたこともある。だけどいつも戻ってきた。それはたぶん、書くということが、自分という人間の本質的な部分だからだと思う。書くのが遅いライターへのアドバイスということで言えば、書くことはレースじゃないと思う。もっとも多作な作家たちだけが読者を得る、というものじゃない。だから、準備ができたときに君のストーリーを出版するといい。そうすれば、作品が読者を見つけだすよ。

 


 

関連リンク

 

 

 

テッド・チャン情報メモ
(SUSSANRAP 同人サークルサイト内)

 

『完全主義者』テッド・チャンさんインタビュー(リンクと拙訳)
(牛乃の個人ブログで別のインタビューをご紹介したときの記事です)

 

 

“And in that way I live again, through you.”

(そうして私はふたたび生きる。あなたを通して)

2010年のSF大会で展示させていただいた、チャンさんの"Exhalation"の一節をイメージした生け花のプロトタイプ写真から。(部分・加工画像)