外出自粛の「おうちで花見」に寄せて、そろそろ時効と思われる(?)映画『ホビット』二次創作本から発掘してみました。(前書きもほぼ薄本からです)
スイマセン、だれが面白がるんだという珍妙企画です。(^^;)
原作にスランドゥイル様の冠(森エルフの王としか書かれてないんですが…追捕編に名前がありますね)が、秋は木の実と赤い葉、春は花の編んだのと書かれていまして。「季節を反映するのかー」…とイタズラ描き(↑コレ)をして、そこから『長屋の花見』を連想して…まあ思いついたので書いてしまえと。
内容はこの絵とも『長屋の花見』とも離れちゃったんですが、「いいかげんな江戸弁のドワーフ」とか「ただの駄洒落オチ」にこだわってみました。(詳しくないですが、落語のサゲって「えっこれで終わり?」というのけっこうありますよね(笑))
岩波少年文庫の影響を引きずりつつ、書いてるときは愛しの桂歌丸師匠の声が聞こえていたので、そんな感じで読んでいただけたら幸いです。
春はあけぼの、と昔の人はオツなことを言ったもんでございます。ようようあったかくなってまいりますと、薄暗いあけぼのや夕暮れを好みます森エルフたちも、だいぶ動きやすくなってまいります。そんなある日のこと、エルフ王が一族郎党、家来どもまでひっ連れてのおなり、ようは森のなかで宴会を開くんでございます。
こういう気遣いはエルフ王も長屋の大家もおんなじで、福利厚生ってやつでございますな。酒好きもおんなじでして、この王様はドルウィニヨンてえたいそうつよい葡萄酒を仕入れてたそうでございます。つねは王様一人が召し上がったもんでございますが、春の花見の宴となればそこは無礼講、その特別うまくてつよい酒が、家来どもにも振る舞われたそうでございます。
その空樽がホビットとドワーフどもの乗り物になって川下り、ってえわけでございますが。さて、ここからはいささかご趣向が変わりまして、平行宇宙てえ話になるんでございます。
「おーい、ボンブールよ、どうもてえへんなことになったぞ」
「なんでえボフール、てえへんてのは」
「トーリンの旦那がな、みんなで面ぁ揃えて来いってんだよ」
「それがどうしててえへんだ。行きゃあいいじゃねえか」
「いやそれがな、おらぁイヤな予感がするんだよ」
「おれぁ予感よか熱燗がいいな」
「バカいってやがんな、てめえは」
――予感だろうが熱燗だろうが、頭領のおっしゃることは絶対でございます。ボフールとボンブールはほかのドワーフどもに声をかけまして、ちっちゃいホビットのビルボ・バギンズもいれて総勢十三名、ぞろぞろとトーリンの旦那の前へ参ります。
「おう、きおったな」
「へい、みんな揃ってめえりやしたが、いったいどんなご用件で」
「用件というほどでもないが、たまにはみんな羽をのばしたいだろうと思ってな」
「羽ですかい。あいにくあっしらには、伸ばそうにも持ち合わせがございませんで」
――こんなあんばいでございますので、トーリン殿もなかなか骨が折れるんでございます。殿様のご機嫌を損ねるまいと、知恵のある年かさのバーリンがとりなしに進み出て参ります。
「ばかだねこの人は。もののたとえだよ。羽をのばすってのはね、こう思い切り遠慮なく、気遣いなくすごして、日頃の疲れをとろうってことだ。おやさしいこっちゃねえか」
トーリン殿はうなずきまして、
「どうも通訳がいるようじゃな。うむ、そんなわけだ。で、花見でもどうかと思っておるのだ」
「花見ですかい」
花より団子のドワーフどもは、さっそくざわめき始めまして。
「花見には酒がなくっちゃいけませんやな」
「それに肴も」
「せめて卵焼きにかまぼこくらいは」
「そこは考えておる」
と、トーリン殿はホビットのほうをごらんになりまして、
「バギンズ殿、あんたはたいした料理人じゃ。ここはひとつ面倒をみちゃくれまいか」
「そりゃあぜひにと言われちゃあ、あたしも好きのくちですから、しないこともございませんが。しかしごちそうをととのえますにもこの人数。おあしをいただきませんと」
「おあし?かあいい毛のはえたのを、二本持っておるではないか」
「いやですよ、おとぼけになっちゃ。おあしってのはお金のことです」
「野暮は言わぬものじゃ。そこはそれ、立て替えてはくれまいか」
「あたしがですか。殺生な」
「バギンズどのには、ゆくゆく財宝の十四分の一を差し上げることになっておる。立て替えた分はその折に、金杯のひとつも上乗せしようじゃないか。なあみんな」
ドワーフどもは酒と肴が目ン玉の前にちらついて、もういいもわるいもございません。なんせ袋小路屋敷でがっついた食べ物はみんな上等でございまして、そのなかにはホビットが手ずから作っておいた、焼き菓子やら、肉のあぶったのやらがたくさんございました。それがみんな、ほっぺたが落ちるほどうまかったんでございます。
「おうおう、それで上等だ」
「それにきまった。バギンズ殿、よろしく頼みますぞ」
「そんな、殺生でございます」
バギンズ殿はなかばべそをかきまして、こう反論をいたします。
「そうでなくたって、この旅はあたしにゃあ荷が重い。たとえおあしがあったところで、こんなところでどうやって花見のごちそうなんぞととのえるってんですか。あんまりだ」
ホビットが涙ながらにこう申しますと、トーリンの旦那もかあいそうになってまいりました。
「うん、それもそうじゃ。わるかったなあ。どうも、バギンズ殿なら木の皮でも草の根でも、うまい肴にこしらえてくれる気がしてな」
「買いかぶっちゃこまります」
ホビットはちょっと赤くなって申します。これがトーリン殿のツボにはいってしまいまして、ソッとホビットを抱き寄せますと、
「買いかぶってはおらん。あんたはたいした忍びの者じゃ。これ、涙をお拭き」
「ハンケチがないんでございます」
「うん、取りに戻らなかったからなあ。ではこれでお拭き」。
「もったいない、旦那のヒゲじゃあございませんか」
「いいからこれでお拭き」
「旦那のにおいがいたします」
「なんじゃ、赤くなって」
「赤くなってなどおりません」
「なっておるぞ」
「あれ、どこをさわっているのです」
――なんてばかなことを申していちゃついておりましたが、収まらないのがドワーフども、いったん酒とごちそうにありつけると思ってしまうと、もう何がなんでも飲みたい、食べたいと頭から離れません。
「だんな、おれぁ我慢がならねえ。酒が飲みたい」
「おれもでさあ」
「酒はなくともいいから、おれぁ卵焼きが食いたい」
ドワーフどもが騒ぎだし、どうにも収まりがつきません。トーリン殿がお気に入りのホビットを膝からおろして弱り切っておりますと、遠くからなにやら楽しそうな歌声が聞こえて参ります。トーリン殿がさきに立ち、声のする方へ森のなかを歩いていきますと、たいまつに照らされた大所帯――。
「やや、あれはにっくき森エルフの王スランドゥイルではないか!」
「やあ、エルフの宴会か。こりゃあ豪勢だなあ」
ドワーフたちは指をくわえます。森エルフたちは王様をかこみ、飲めや歌えの大騒ぎ。真ん中に座っているエルフ王の冠は、上野の桜も顔負け、今を盛りのソメイヨシノが満開でございます。王様はたいそうご満悦のご様子で、黄金色の酒を樽から酒びんにうつしては家来にまわしております。
「皆の者、飲むがよいぞ。ドルウィニヨンはまだまだある」
「おかわりください」
「くださーい」
「こっちは肴がもうないでーす」
「うむ、卵焼きもかまぼこもまだあるぞ。これ、回してやるがよい」
「はい」
エルフ王の息子のレゴラス殿が、気さくに重箱なんぞ抱えまして、枝から枝へひょいひょい飛びまわっております。
「くそう、癪だなあ!」
ドワーフどもはくやしそうに申します。一番くやしいのはトーリン殿でございます。だまりこくって考えておりましたが、やがて魅惑の低音でこうおっしゃります。
「……よし、花見をしてやる」
「ええ、どこで」
「ここで、あの満開野郎で花見をしてやる!」
「そんでもあの、酒と肴がなくっちゃあ、花見とはいいませんや」
「わかっておる」
トーリン殿がホビットをさっとご覧になりますと、察しのよいホビットは高い音で鼻を鳴らして目を丸くいたします。
「またあたしですか!」
「バギンズ殿は忍びの者、重箱の一つくらいとってくるのは造作もあるまい!」
「情けない、あたしゃあそんなことをするために来たんじゃございません!」
「たしかにそうじゃ。だがいきなり手強い竜から宝を奪うは難しかろう。ここはひとつ、リハーサルと思って」
「そんなめちゃくちゃな」
「なあオーリよ、さすが殿様はうめえことをおっしゃるなあ。リハーサルだとよ」
「そうだ、リハーサルだ、リハーサルだ」
ドワーフどもは「リハーサル、リハーサル」とはやし立てます。こうなるともういけません。ホビットはふしょうぶしょう、エルフの重箱をくすねることに同意いたしまして、木立のなかへと消えてゆきます。がいとうのポッケから指輪をだしますと、そいつをはめてすっかり見えなくなりまして、おそるおそるエルフの家来どもに近寄ってまいります。家来どもは杯を重ねて酩酊のようす。その横の重箱と酒びんをさっとつかみますと、びゅーん、と、韋駄天のごとく走ってまいります。指輪をしたままでございますから、まるで重箱と酒びんが勝手に飛んでいくようでございます。
ようやくドワーフの待っております窪地に近づきますと、指輪をはずしてその場にバッタリ。
「も、もどりましたよーお!」
「おお、バギンズ殿!きっと成し遂げてくれると思っておりましたぞ」
「さすがは忍びの者じゃ」
「やんややんや」
と、ドワーフどもが見守りますなか、トーリン殿が重箱のふたをあけますと、思わず飛び出るバリトンの叫び。
「やや!これはおこうこではないか!」
「たくあんと大根しかない!」
「なんですって?ではまさか」
ホビットはいやな予感がいたしまして、酒びんからひとくちぐびりとやりますと、ぷーっと吹き出します。
「やっぱり!番茶の薄めたのです!」
「なんと!」
そこへはるか高いところから声が響いてまいります。
「愚か者め。手下に泥棒をさせるとは、ドワーフの王子も見下げ果てたものよ」
見ると森エルフの王が白馬に乗り、たいまつを持った家来を連れて、窪地をぐるりと囲んでおります。
「ああっ、貴様は満開野郎!なんでここまで」
「我らの重箱にはGPSがついておるのじゃ……その呼び方はやめい!」
「いやならそのおめでたいかぶり物はよすことだ。見下げ果てたはこっちの台詞よ。たくあんと大根を重箱に詰め、卵焼きのかまぼこのと貧乏くさい見立て芝居。家来にまで見栄をはらせて恥を知れ。ドワーフならたとえ食いつめても、嘘でかためた見栄は張らぬわ!」
「開き直りおったな。見栄を張らずにものを盗るとはたいした屁理屈。盗人(ぬすっと)たけだけしいとはそのほうのことじゃ。我らは見栄など張ってはおらぬ」
と、そこへ知恵者のバーリンが口をはさみまして、
「思い出しましたぞ、トーリンどの。エルロンドの館では、菜っぱばかりが出てきたじゃございませんか。どうやらエルフは草食性でありましょう」
トーリン殿は、ブロンドのストレートヘアーにソメイヨシノの花びらを散らしたエルフ王をご覧になりまして、
「――装飾性ばかりかと思えば」
「くだらないことを言う奴じゃ。我らは肉も食らうわ」
「ではこの番茶とたくあんはどうしたことだ」
「財政難じゃ」
「では花見などやめたがよい。やはり見栄坊ではないか」
「まあ話を聞け。花見は毎年の楽しみ。そのうえ近隣諸国にも知られた名物じゃ。これをやめては聞こえがわるい。それでこうして家来どもは……」
「家来どもは?」
「みなサクラじゃ」
「・・・・・・」
エルフで花見の一席でございました。